たまゆらの日2015(その2)

■2日目~3日目(11/1~11/2)

【行程表】

尾道駅付近→竹原→音戸の瀬戸公園→陀峯山パノラマ展望台→切串港
切串港(江田島)→(さくら海運)→天応港(呉ポートピアパーク)
天応港→バイク屋

海田市→呉

~昼食~

呉→広→竹原

(たまゆらの日2015~フィナーレ~)

竹原→三原
三原→(山陽新幹線・こだま758号)→岡山

岡山駅西口→(車中泊:中国JRバス・京浜吉備ドリーム2号)→YCAT(横浜)

早朝4時起床。大きな荷物をツーリングネットでタンデムシートに縛りつけ、荷物を預けに竹原駅へ。
竹原駅のコインロッカーに荷物を預け、音戸瀬戸経由で陀峯山パノラマ展望台へ向かいました。

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▲陀峯山パノラマ展望台から江田島を望む

ホテルを出発した頃は真っ暗でしたが、展望台に着く頃にはすっかり明るくなっていました。
昨日よりは空が霞んでいたものの、宮島や周防大島まで見通せたので満足です。

それと初めて知ったのですが、この展望台があるのは江田島ではなく能美島なのですね…。
何でも江田島と能美島の間にはかつて浅瀬が存在し、次第に埋め立てられて陸続きになったのだとか。
運河の掘削により島になった我が地元の野島とは対照的ですね…。

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▲さくら海運のフェリー

江田島を北上して切串港からフェリーで呉ポートピアまで渡り、バイクを返却しに海田市へ。
本旅行3回目となるフェリー乗船ですが、何度乗っても飽きない乗り物、それがフェリーなのだとつくづく実感しました(^^

無事にバイクを返却した後に呉へ向かいました。

IMG_7753.jpg

呉駅前のスーパー銭湯で身体を温めていたらお腹が空いてきたので、はやとさんという所でお好み焼をいただくことに。
昔ながらのお好み焼屋さんという言葉が似合う雰囲気のお店となっており、席の前の鉄板でお好み焼を焼いてもらいそのままいただくというスタイル。
店長さんと思われる方がとても気さくな方で、お好み焼自体も滅茶苦茶美味しかったです。

汁焼きそばなんてものもあるらしいので、呉を訪れた際にはまた立ち寄ってみたいですね。

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しばらく呉の街を歩いていると「びっくり饅頭」という文字が…。
「たまゆら語り~あたたかな時間とともに~」の生コメンタリーで松来さんが「二重焼き(大判焼き)のことを”びっくり饅頭”と言ってたんです」と話していたのを思い出し、思わず買ってしまいました(笑)
どの味も美味しかったんですが、さすがに6個も買ったのはアホだったというか…多過ぎましたね()

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(左)あいふる316から見える三井金属の煙突が結構好きです(^^;
(中)フェルトで作られた人形。関東のファンの方が作られたものらしいです。
(右)ハロウィン仕様のももねこ様(^^


竹原に到着し、しばし竹原の町を散策。
あいふるも見るだけと思っていたら、いつのまにか財布が軽くなっていましたね…(笑)

保存地区を見て回ってから「たまゆらの日2015~フィナーレ~」が行われる竹原市民館へ向かいました。

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イベントを終え、町並み保存地区へ。

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裏通りも絵になりますね。
…対して、写真の腕は低いというもどかしさ…(^^;

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照蓮寺に飾られていたキャスト・スタッフ陣の夢灯り。
飯塚さんのこの一言が今となっては色々と考えさせられます…。

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▲三原まで乗車した227系 @三原

消灯まで残って行きたかったのですが、バスの時間があったので岡山へ。
帰りも京浜吉備ドリームで横浜へ帰還しました。


(おわりに)

相変わらずの稚拙な文章をお許しください…。

今回の旅行を通して、広島にはまだ自分が発掘できていない魅力溢れる場所がたくさんあるということ、そして、たまゆらという作品、竹原という地がたくさんの方々に愛されているということを改めて認識できたと思います。かく言う自分も、まだ終わって欲しくない…、ずっとこんな時間が続いて欲しい…、これからも竹原そして広島を訪れたいという感情を抑えることができません。

そんなイベントの余韻が残る、2015年11月2日。作中で八色ちもを演じていた松来未祐さんの訃報が飛び込んできました。まだまだこれからというところでの突然の訃報、松来さんの気持ちを思うと本当に言葉になりません。今回、やたらと松来さんを意識した書き方になっているのは、こういった側面もありますが、4年前に竹原で見た、地元のことについて楽しそうに話す松来さんの笑顔が忘れられないというのが大きいです。

松来さんの屈託のない笑顔、憎めない性格、そしてその人となりに癒されることも多かっただけに、なぜ良い人ほど早くいなくなってしまうのか、そして今まで数々の愚行を繰り返してきた自分のような人間がのうのうと生きていて良いのか…としばらく考えていました。松来さんが早くこの世を去ってしまった理由も、私が今のような生活を送れている理由もまだ分からないですが、『これから』、10年、20年と年月を経た時に考え至る部分が出てくるような生き方が出来ればと思うばかりです。

最後に、改めて、
松来未祐さんのご冥福を謹んでお祈り申し上げます。
どうか安らかにお眠りください。
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