路面電車な一日

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講習期間の合間を縫って、息抜きがてら近場へ出掛けてきた。



朝4:50、ヒグラシの大合唱と調子外れ&季節外れの鶯の鳴き声を背に受け、家を出発。
「特徴が無いのが特徴の駅」から始発列車の5:04発普通新逗子行に乗り込みます。

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▲本日のトップランナー 京急1000形1363編成@新逗子駅

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折角始発電車に乗ったので前から撮りたかったものを(↑←)。
京急の1000形、800形、1500形などの座席ヒーター部分についているプレートです(左)。
反対側には”FV”というプレートがついていたので多分暖房器具の部位の略称か何かなのでしょう。

思えば慣れ親しんだこの1000形も寿命が近づいているみたいで…。
あと何回くらい乗れるのかな…。

そんなことを考えながら揺られること5分、新逗子駅に到着。逗子駅まで歩き横須賀線に乗り換えます。
ここから横須賀線に乗って一駅の鎌倉駅で下車し、江ノ電で江ノ島駅へ。

何回か途中下車するつもりだったので「1日乗車券のりおりくん」(580円)を購入。
2両編成(極楽寺駅からは4両)の列車でことこと揺られながら、25分程で江ノ島駅に到着。

…で今日ここに来た目的はというと…

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この「サンライン号復元塗装記念入場券」だったりします。

「サンライン(カラー)」とは何ぞやと思われるかと思いますが、この江ノ電1500形の登場時(1986年)に塗られていた塗装で、私が生まれる1年前、つまり1989年までの3年間しか使用されなかった哀れな存在であり、その塗装が1500形と同じ系列の1000形登場30周年に当たる今年、リバイバルされたというわけです。

入場券だけなら別に買わなくてもいいと思っていたのですが、HPに「お求めの方には、記念入場券1セットに対し非売品のオリジナル下敷1枚をプレゼント致します。」という記述があり…

結局買いに来ちゃいました(笑)。
しかも、鎌倉駅や藤沢駅でも買えるのに、デザインが好みというだけで江ノ島駅仕様が欲しかったというw

無事に購入し、折角来たので江の島の神社でも参拝することに。

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テレビ中継でお馴染みの長い橋を真っ直ぐ進み…参道を登って行きます。
もちろん「エスカー」など動いている時間ではないので自力で階段を登り、

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まず、辺津宮へ到着。
源実朝が1206年に創建したと言われている江島神社の総本社で、現在の辺津宮は1976年に改築されたものらしいです。

手水舎で手を清めてから参拝し、中津宮へ。

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今度は朱塗りの拝殿。
参拝後、辺津宮・中津宮から離れた所にある奥津宮へ。

サムエル・コッキング苑の前を通りかかった瞬間、猫の鳴き声が…

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のら猫が自分の方に向かって近づいて来て…
しゃがみ込んで撫でててやると、私の膝に頬擦りを返してくれました。

かわいいじゃないか、コイツww

5~6分この猫と遊び、再び奥津宮へ。

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▲ノラ×ノラ

階段を登ったり降りたりしながら、歩くこと約10分…

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奥津宮に到着。

ここでお賽銭を入れようとしたところ…もはや小銭が1円玉3枚と10円玉2枚しか残っていないというw
ここで最後の10円玉を使い尽くしましたw

折角なので、更に奥へ。

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太平洋が見える江の島参詣の最終目的地「江の島岩屋」までやって来ました。
晴れていればもっと綺麗なんでしょうが生憎の曇り空……残念です。

因みに「岩屋」の営業時間は3月〜10月が9:00〜17:00、11月〜2月が9:00〜16:00で年中無休ですが、台風など荒天の際は休みとなります。

この後、江ノ島駅まで再び戻り腰越駅まで歩くことに。

江ノ島駅〜腰越駅間は併用軌道もどき(実際は長大踏切扱い)がある区間として有名で、道路の上をあたかも電車が走っているのかのような光景を見ることが出来ます(下写真)。

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朝極楽寺車庫で見かけた「サンライン号」を撮影するため、腰越駅でどちら方面に行こうか迷っていると、タイミングが良いのか悪いのか藤沢行の「サンライン号」が到着。

折り返しの後追いを撮ることに決め、七里ヶ浜の定番ポイントへ。



シャッターを押すタイミングが遅れたため微妙な仕上がりとなったので掲載はやめておきます…。

納得がいかないので、再び折り返しをを撮るため江ノ島駅近くのカーブで待ち伏せすることに。

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商店街を悠々と駆け抜け近づいてきます…。

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2両しか写ってませんが、後ろの車両はどうでも良いのでこれで良しとしましょうw

これを撮影して、根岸(滝頭)にある「市電保存館」へ向かいます。
大船まで抜けて根岸線に乗った方が早いので湘南モノレールを使い、大船へ。

この湘南モノレール、乗ったことのある方にはお分かりだと思うのですが、乗り心地がある意味で最高な乗り物で、ちょっとした子供用のジェットコースターよりも激しい乗り物となっています(笑)。
山を駆け登り高速で駆け降りる、この感覚は一度嵌まると病みつきになりますw

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▲湘南モノレール500形@大船駅

大船駅から根岸線に乗り換え、根岸駅へ。
根岸駅からは横浜市営バスの21系統に乗り、市電保存館へ。

思えば2年近くバスに乗っていない私。
久しぶりに乗ったバスで赤っ恥をかきました…。

釣り銭方式なのに「両替できないんですけど」と言ってしまったり(運転士さんごめんなさい…)、終点で「次とまります」ボタンを押したりと…穴があるなら是非入りたかったw

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▲横浜市電保存館 市営住宅の1階に設けられ、横浜市営バス滝頭営業所に隣接している

この「横浜市電保存館」はかつて横浜を走っていた路面電車の車両を保存・展示する横浜市交通局協力会運営による施設で、大人100円、子供50円、更に高校生以下は毎週土曜日に限り無料という大変良心的な入場料で見学することができます。

因みに開館時間 は9:30〜17:00(入館は 16:30まで)で、毎週月曜日が休館日となっています。

全てを紹介すると字数制限に引っかかってしまうので部分的に。

まず目玉となるのが車両展示。

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展示されているのは実際にかつて横浜市電で使われていた車両で、昭和初期に製造された500型、1000型、1100型、戦後直後に製造された1300型、1500型、戦後復興期に製造された1600型、大正2年に製造された10型貨車の全7両が保存されています。

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また、昭和3年の旧横浜駅完成から昭和54年2月まで東口正面に存在した大時計の実物や、路面電車のマスコンやブレーキハンドルなども手で触れられる形で展示されています。

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もう一つの目玉となるのがこのOゲージの鉄道模型。
45分の1ともなると流石に格が違います。

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路面電車以外に横浜市営地下鉄に関する展示も行われており、市営地下鉄の歴史や、トンネル工法 、運行管理システムなど様々な展示がなされています。

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そしてこの「シミュレーターコーナー」。
横浜市営地下鉄2000形と同じ運転台を使った運転シミュレーターで利用料は1回100円。

親子連れが殆どを占めるこの保存館で、私も挑戦してみました。

保存館の方の付き添いで行うわけですが、まず始める前に「こういうのやられたことありますよね?」と言われました(見透かされているw)。…ですが地下鉄に関しては殆ど知識が無いので、補助をお願いしました。

どこの区間だったかは忘れましたが、ATCの速度制限が25?/hに制限され、急勾配と急カーブが続き、マスコンをP2にしては解除したり、ブレーキハンドルをB2にいれては戻したりと、どうやら丁度大変な区間に当たってしまったそうですw

私が「厳しいですね」と言うと、どうやら保存館の方は元々横浜市営地下鉄の運転士だった方のようで「今じゃATOになってるから楽だけど、ATCだったときは、私達もこれをやってたんだよ」と言っていました。

何とか運転し終わり最後に、自分のように一人でこの保存館に来る方がいるのか聞いてみると、保存館の方曰く相鉄の車掌や京急の駅員など現職の方もお一人で結構いらっしゃっているそうです。

ともかく保存館の職員さん、親切なご指導をして頂き、また気さくに接して頂きありがとうございました。
この場を借りて御礼申し上げます。


最後にちょっとだけ自分にお土産(市電のストラップと保存館限定の市営バスリアルダイキャスト)を買って、市電保存館12:17発の133系統バスで上大岡へ。
金沢文庫で昼飯を食べ帰宅しました。

▼購入した市営バスの模型でも…。

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行先だけ違うという何とも微妙なプレミアですが、さすが80分の1(HOスケール)とあって格好良いです。
右にあるのは150分の1サイズ(Nスケール)のバスなのですが、その差は歴然。

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多分この中に本物の類似車がいるので、暇でしたら探してみて下さい(汗)。



8月からは気を引き締めないと…。
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その オレンジ色のやさしい街は…

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■イタリア旅行記6 6日目(2009/3/20) ~ヴェネツィア編~

●ヴェネツィア-Venezia-

イタリア共和国ヴェネト州ヴェネツィア県に属する人口約27万1千人のコムーネ。
アドリア海の最深部ヴェネツィア湾にできた”ラグーナ(潟)”の上に築かれ、網目状に連なる運河が作り出す独特且つ美しい景観から、”水の都”と呼ばれています。

ヴェネツィアの歴史は4〜5世紀に始まったフン人・ゲルマン人の大移動から始まります。
古くからヴェネツィア周辺の地域にはウェネティ人(以後ヴェネツィア人と呼ぶ)と呼ばれる原住民が居住していたのですが、5世紀のゲルマン人のイタリア侵入を切欠にゲルマン人が容易に入って来れない湿地帯へと避難したというわけです(アテネのポリス形成と同じパターンです)。

こうして湿地帯に逃れ、自然の城壁で囲まれたヴェネツィアは十字軍・宗教弾圧時代下においても他諸国の混乱への干渉を最小限に抑え、東方貿易で利益を得て、一躍イタリア随一の海洋国家へと成長しました。


話を戻しますが、ゲルマン人から逃れたヴェネツィア人は自らを守るためこの湿地帯に定住する上で、居住区となる地盤(基礎)を築く必要がありました。

そこで当時のヴェネツィア人は2〜5m程の木材の杭を沼地の粘土層に隙間なく打ち込み、その上に海水に耐性がある石材(イストリア半島産)を何重にも積んで、石と石との間をセメントで固め、堅固な地盤を作り出したらしいです(但し、初期の地盤は技術不足などもあり結構脆かったとか)。

こうした地道な努力によって現在に見るような素晴らしい地盤が出来上がっています。

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【左】(新潮文庫:塩野七生著『海の都の物語 -ヴェネツィア共和国の一千年-』を参考に自作)
【右】ヴェネツィア本島のカンポ(広場)に存在する井戸の跡

また、海上生活をする上でのつき物といえば飲料水の確保です。
そこで登場するのが右の写真のような井戸。

元々この井戸があるカンポとはイタリア語で”畑”などを意味しており、この広場も初期の段階では未舗装でした。
しかし、水確保が切実なものとなると同時に広場を舗装し、井戸を設けて地下に水を溜めるようになったのです。
写真では分かりにくいですが、穴のようなもの(取水口の跡)に向かって若干地面が傾いているのが分かると思います。
この穴を伝って雨水が地面の砂の層で濾過され、井戸真下に溜まる仕組みとなっています。

…とこのように、ヴェネツィア人の知恵について挙げていてはキリがないので、そろそろ本題へ移ります。

▼地図
こちら

『ARIA』の舞台探訪記を見て頂ければお分かりだと思いますが、普通に晴れてますw

前日の夜は暗雲が立ち込め「これは無理かな…」と失望していたのですが、朝起きてみると驚いたことに雲が切れて眩い太陽と青空が広がっていました…。

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「準備よ〜しっ、お天気よぉーし!!」
「そりではー、マンホーム・ヴェネツィア散策ツアーに出ぱーつ!」

ホテルを出て右手にメストレ駅を眺めながら、バスはヴェネツィアとメストレを結ぶリベルタ橋へ。

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▲ムッソリーニの命を受けて「リットリオ橋」として1933年に開通した同橋 遠方にはアルプス山脈が微かに見える

ヴェネツィアでは、自動車はおろか自転車すら乗り入れが禁止されているので駐車場で下車して船に乗り換えます。

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( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚)…夢でありませんように…

2005年に『ARIA』という作品に出会い心惹かれて以来、この瞬間をどれだけ夢見たものか……。
感動しないはずがあろうか(反語)。

放心状態のまま15分ほどで本島の船着場に到着。
ヴェネツィアへの一歩を踏み出し、最初の見学場所ドゥカーレ宮殿へと向かいます。
(…途中色々なものに目移りし、宮殿に辿り着くまでに70〜80枚近く写真を撮ってしまったというのは内緒w)

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▲「ため息橋」周辺は残念ながら改修工事中…

宮殿に到着、中へと進んで行きます。

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まず目に留まるのがサン・マルコ大聖堂の屋根。
裏側にも手を抜かないこの細かな装飾、実に良いです。
因みにこのドゥカーレ宮殿の”ドゥカーレ”とはイタリア語で”総督の””公の”などということを意味しており、その名の通りヴェネツィア共和国のドージェ(元首)邸宅兼共和国政庁だった建造物です。
サン・マルコ大聖堂(寺院)も今でこそ司教座聖堂として扱われていますが、元々はドージェの私的礼拝堂であり、カトリック教会の司教座聖堂としての役割はありませんでした。
ヴェネツィア共和国の徹底した政教分離(政治的独立性)がここに表れています。

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▲中庭にある「巨人の階段」 かつてこの階段では新しく就任したドージェの即位式が行われた

例の如く宮殿内部は撮影禁止だったため写真は撮影していませんが、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』に出てきた法廷のモデル(というか実物)や、元老院の衆議場、またため息橋を介して隣接する牢獄も見学してきました。
話によると牢獄にもグレード(級)があるようで、酷い部屋だとアクアアルタ(高潮現象)時に半分水没する牢もあったようです(苦笑)。

宮殿を見学し終え、次はサン・マルコ大聖堂へ。
言わずと知れたビザンツ様式の代表的建築物として有名なこの建物、正面のモザイク画、ドームを幾多も備えた屋根がそれを物語っています。

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それにしてもここまで2Dで見慣れた世界が広がっていると、頭が半分2Dの世界へ引き込まれそうで…(^^;
この聖堂内も撮影禁止とのことなので、聖堂内の写真は撮影していません。

『ARIA』で「秘密の階段」と称された急勾配の階段を昇り、二階へ。

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工事中の箇所が若干気になりますが、旧行政館(右)、新行政館(左)、ナポレオン翼(正面)で囲まれたサン・マルコ広場が一望できます。

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デッキ正面にあるのは、第4回十字軍遠征の際にコンスタンティノープルの競馬場から略奪した4頭の馬の銅像のレプリカで、本物は聖堂内に置いてあります。

美しい景色を堪能し、ヴェネツィアン・グラス工房の見学へ。
ヴェネツィアン・グラスの本場といえば近くにあるムラーノ島なのですが、出張的に本島にも工房を構えているそうです。

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▲熟練した職人さん(マエストロ)がグラスの基本部分を作っている際中だった

色々なグラスを見させて頂きましたが、赤いグラスが格別に綺麗でした(自分用に買いたかった…)。

そして、待ちに待ったゴンドラ遊覧の時間です。

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▲サン・マルコ広場から徒歩2〜3分の所にあるゴンドラ乗り場

ヴェネツィアのゴンドラの殆どは黒色で、白いものは一度も見ませんでした。
「全員見習い?」とか言うと、怒られるのでやめましょう(^^;
皆さん一人前のゴンドリエーレです。

では乗船するとしましょう。
「お手をどうぞ」的に手を差し伸べられたので、それに従い乗り込んだのですが、私の体重が重かったのかゴンドラが激しく揺れ危うく落ちそうに…。
(早く痩せなくては…)

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▲船首に花が… こういう粋な計らいは絵になります

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▲上を見上げれば、昨日までの天気が嘘のような透き通る空…

幾多もの小橋を潜り抜け、ゴンドラはやがてカナル・グランデ(大運河)へ。

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右手に見えてきたのはかの有名なリアルト橋です。
建造当時は木造だったそうですが、石造りの橋へと改築されています。

ゴンドラはカナル・グランデのど真ん中を悠々と進んで行きます(結構怖かった…)。
やがて停留所に停まっていたヴァポレット(水上バス)が追い着いてきました。

揺れるじゃないか、コラ!!((((;゜д゜)))ガクガクブルブル

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このヴァポレットはヴェネツィアの公共交通会社ACTVが運営する水上バスで、車両の通行が禁止されているヴェネツィア諸島における公共交通機関として、観光客だけではなく市民の足としても親しまれています。

ヴァポレットが巻き起こす激しい揺れに翻弄されながら、ゴンドラは再び小運河へ。

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▲運河側に掲出された店の案内 こういった微笑ましい光景(演出)もヴェネツィアならでは

ゴンドラに乗船して30分強、無事に海の藻屑となることも無く元の船着場へと帰ってきました。
2009年から女性のゴンドリエーレが誕生したらしいので、今度来たときはそのウンディーネさんのゴンドラに乗ってみたいものです(^^;

ゴンドラ遊覧が終わると昼食の時間です。

海の都とあってかイカ墨のパスタとイカのフリッターというシーフード料理でした。
日本ではイカ墨と名の付くものは全て敬遠してきた私ですが、食べてみると墨の味など全くせず、寧ろおかわりしたくなるほど美味しかったです。
美味しい料理を食べ終えてゆっくりしていると、ウェイターのおじさんがやって来て「オイシイ?」と片言の日本語で話しかけてきました。
「おいしい」と恥ずかしながら答えてしまったのがいけなかったのか、何故か私のわき腹をくすぐり出すという…(苦笑)。
気に入られてしまったみたいで、頼んだファンタグレープを5ユーロのところ3ユーロにまけてくれました。
ありがとうおじさんw

昼食を終え自由行動となったので、お土産を買った後は一時家族と別れ、一人でヴェネツィアの街を歩いてみることにしました。

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折角ヴェネツィアまでやって来たので、この鐘楼(カンパニーレ)に上ってみます。
この鐘楼の始まりは9世紀に建造されたドッグの見張り台で、1513年に今の形の高さ98.6mの鐘楼として完成しました。
しかし、1902年に鐘楼が崩壊したため、現在残っているのは1912までに再建され完成したものとなっています。

入口で6ユーロ支払い、エレベーターで展望台へ。

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サン・マルコ大聖堂の屋根もこの通り。
毎日御茶ノ水で同じビザンツ様式の教会を見ていますが比べ物にならないですね。

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▲奥に見える緑の生い茂った島が墓地の島サン・ミケーレ島、その奥に見えるのがヴェネツィアン・グラスで有名なムラーノ島

ヴェネツィアの美しい景色を一望し終え、カフェ・フローリアンを見てみることに。

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カフェ・フローリアンはヴェネツィアに現存する最古の喫茶店(現地ではBAR(バール)と言う)で、1720年の開業以来同じ場所で営業を続けています。因みにカフェ・ラテ発祥の地としても有名です。
有名な老舗ということでそれなりに値段も高く、屋外で、音楽演奏付きで一杯飲もうとすると日本円で2,000円近くかかります。
雰囲気を味わうための料金と考えれば安い…かもしれません…。

この後は『ARIA』の舞台を探しながらまったりと歩いていました。

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▲ジュデッカ運河とサン・ジョルジョ・マッジョーレ島 漫画の扉絵か何かでこんな感じの絵を見た気がする…

〜中略〜

舞台探訪活動に夢中になり過ぎた(というより道に迷った)ため、集合時間5分前に何とか到着。
まだツアーの皆さんが全員集まっていなかったので少しだけ撮影。

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▲西日を受け鮮やかに浮かび上がるドゥカーレ宮殿

こうして私のヴェネツィアでの一日が終わりました。

以上です。長文失礼致しました。

▼イタリア旅行記一覧

・イタリア旅行1~2日目(2009/03/15~03/16) ~ローマ・ヴァチカン~
・イタリア旅行3日目(2009/03/17) ~アッシジ~
・イタリア旅行3日目(2009/03/17) ~シエナ~
・イタリア旅行4日目(2009/03/18) ~フィレンツェ~
・イタリア旅行5日目(2009/03/19) ~ピサ~
・イタリア旅行6日目(2009/03/20) ~ヴェネツィア~
・イタリア旅行7日目(2009/03/21) ~ヴェローナ~
・イタリア旅行7日目(2009/03/21) ~ミラノ~

”公彦さん”に未来の自分を見た…

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と、今日(昨日)思った方はどのぐらいいらっしゃるのかは分かりませんがw

色々な意味で模試にげんなりしたので、
(あの第二問、受験生を励ましたいのか、鬱にさせたいのか解せぬ…)

憂さ晴らしにマッキーの「どんなときも。」を無限ループさせながら塗り絵でもやってみた。

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※飽くまでも塗り絵なのでその辺は…。
※面倒なので上半身の上半分仕様。

塗り絵って難しい…。



それにしても沙英さんカワユス。

蜩が鳴く頃…

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うちの近所でも、ようやくひぐらしがく時期になってきました(失敬w)。

…気が付いたら、つくつくぼうしのく頃になっているんでしょうねorz
ああ…鬱です。

↓製作時間15分を目標に何かを描いてみた。

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…で25分もかけて描いたもの。
全体的にバランスがアレ…ですが、一往眼鏡をはずした沙英さんの…つもりです。

『ひだまりスケッチ』に登場するキャラで、一番素敵だと思うのは沙英さんだという方は自分以外にもたくさんいらっしゃるはずなんですが、実際のところどうなんでしょうねw
自分が単に短めの髪が好きというだけなのかもしれませんw

P.S.

今日家の近くで7年振りに蛇を見ました(汗)。
小学生時代、登校途中に側溝の穴から勢いよく飛び出してきた光景がトラウマになっているので、恐る恐る近づいてみたのですが、車に轢かれたらしく頭から血を流して死んでいたようで・・・。
帰宅時にまだ居るかなと思って探してみると、家を出たときには無かった串のようなものが体を貫通した悲惨な状態で道路脇に放置されていました。



酷いことをする人がいるものです…。

大日本帝國海軍の遺物

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今朝家を出るときに、以前から気になっていた公園に寄ってみました。

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一見何の変哲もない普通の公園です…。
ミニ四駆を砂場で暴走させて壊したり、ゴムボールを豪快に吹っ飛ばしたりなど…色々と思い出はあるんですがね(笑)。

まぁ、それはどうでもいいとしてw

この公園には妙な石碑がありまして、幼い頃ここで遊ぶ度に不気味に感じていました。

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幼い頃は多分お墓か何かだと思っていたのでしょうか(笑)。

見ての通りこれは「横須賀軍港境域標」というもの。
調べてみると明治時代に軍港要港境域標規定が定められた際に設置されたもので、大日本帝國海軍横須賀鎮守府と民間の土地との境界を表す境域標柱として使われていたものらしいです。

更にこの石碑(正確には鉄筋コンクリート柱)、東京四谷の土木学会附属土木図書館にも横須賀市から寄贈された同等のもの(第六號標)が設置されているようで、「日本最古の鉄筋コンクリート柱」とされているとか。

何故こんな公園に存在するのかは分かりませんが、恐らく山を切り開いて宅地化する際に発見され、公園へ軍事遺産として移築したのでしょう。

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前:「横須賀軍港境域標」
後:「海軍省」
左:「明治三十三年二月十三日」
右:「第六十二號」

明治33年つまり1900年に設置されたというこの碑、既に製造から100年以上も経っているとは…。

海軍省、旧字体の”号”など見慣れない文字が連なるこの姿…。
2〜3年前にリニューアルされたこの公園にはとても不釣合いですが、このギャップが何ともいえないというもの事実w

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