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イタリア旅行記8

■イタリア旅行記8 8日目(2009/03/21) ~ミラノ編~

●ミラノ-Milano-

イタリアのロンバルディア州ミラノ県に属する人口約130万人の大都市。
ローマが政治、文化の中心都市であるとすればミラノは商・工業、金融の中心都市であるといえ、ミラノ・コレクションをはじめとするファッションの先進都市としても知られています。
第二次世界大戦において連合国軍による激しい空襲を受けたものの、戦後目覚ましい復興を遂げ現在に至っています。


ヴェローナで昼食を食べた後、バスでミラノへと向かいます。

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まず立ち寄ったのはスフォルツェスコ城。
14世紀頃、ミラノを支配していたヴィスコンティ家が築いた城で現在は美術館として使用されています。
内部も見て行きたかったのですが、時間的な都合上叶わず(^^;

再びバスへ乗り中心地近くで下車します。

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かの有名なスカラ座。
イタリアが世界に誇る歌劇場です。

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若い頃にダヴィンチが過ごした都市がこのミラノということで、銅像があったりと。

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ミラノで一番見たかったのがこのヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアです。
1865年から1877年にかけて建設されたアーケードで、先程のミラノスカラ広場とミラノドゥオモ広場を結んでいます。
ちなみに東京ディズニーランドのワールドバザールはこのガッレリアをモデルにしています。

すご過ぎて溜息しか出なかったですw

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ちなみにガッレリアの中央にはこんなものが。
世界史を学んだ方なら一度は目にしたことがあると思われる「S・P・Q・R」 (Senatus Populusque Romanus )という文字。
「元老院ならびにローマ市民」という意味の古代ローマ時代から存在する慣用的な表現ですね。

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ガッレリアを抜けた広場に聳え立つドゥオモ(ミラノ大聖堂)。
あまり記憶にありませんがロミオの青い空を思い出しますねー。

教会の内部を見学した後、再びスカラ広場へ向かったのは良いですが…
鉄道好きとしてはやはり広場の前を走る路面電車が気になる訳でして…時間の許す限り撮影タイムとなりました(苦笑)。

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こちらは1930年頃に製造されたATM(ミラノ公共交通会社)の1500形。
かなりの骨董品ですがいまだ現役です。

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同じくATMの4600形。
一見新しそうに見えますが1955年に製造されたもので、こちらも中々の年代物であるといえるでしょう。

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1500形の色違い。
個人的にこちらのカラーリングの方が好みです。
(…古い車両ばかり走っているように見えてしまうかもしれませんが、超低床車なども数多く活躍しています)

その後、バスで空港へと向かいイタリアを後にした訳ですが、この辺りは割愛ということにさせていただきます。

▼イタリア旅行記一覧

・イタリア旅行1~2日目(2009/03/15~03/16) ~ローマ・ヴァチカン~
・イタリア旅行3日目(2009/03/17) ~アッシジ~
・イタリア旅行3日目(2009/03/17) ~シエナ~
・イタリア旅行4日目(2009/03/18) ~フィレンツェ~
・イタリア旅行5日目(2009/03/19) ~ピサ~
・イタリア旅行6日目(2009/03/20) ~ヴェネツィア~
・イタリア旅行7日目(2009/03/21) ~ヴェローナ~
・イタリア旅行7日目(2009/03/21) ~ミラノ~
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イタリア旅行記7

久々に手をつけてみました。
いい加減、完成させないのもどうかと思いますので…。(汗)

■イタリア旅行記7 7日目(2009/03/21) ~ヴェローナ編~

●ヴェローナ-Verona-

イタリアのヴェネト州ヴェローナ県に属する人口約26万人の都市。
街中には古代ローマ時代の円形闘技場や門などの遺跡が保存されている他、中世の街並みが良い状態で残っていて「ヴェローナ市街」として世界遺産にも登録されています。
また、シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』などの舞台としても有名です。

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ヴェローナの所々にかつての城壁が残されており、バスから降りて最初に潜ったこの門には時計が埋め込まれていました。

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円形闘技場(アレーナ・ディ・ヴェローナ)。
紀元前1世紀初頭に作られたとされる古代ローマ時代の闘技場で、毎年6月から8月にかけてオペラ公演が行われているそうです。

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かの有名な『ロミオとジュリエット』においてジュリエットの家のモデルとなったカプレーティ家の娘の家。
物語で重要な位置を占めるバルコニーの他、前庭にはジュリエットの像が立っています。

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街の随所に古代ローマ時代から残っていると思われる城壁(建物の一部?)のようなものが存在しています。
こういうものを破壊せずに街の中に取り込み活かすということを普通に成し遂げてしまうイタリアの方々にはただただ感心してしまうばかりです。

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街を取り巻くように流れるアディジェ川。
糸杉と丘の上の建物、美しい。



ミラノ編に続く。

▼イタリア旅行記一覧

・イタリア旅行1~2日目(2009/03/15~03/16) ~ローマ・ヴァチカン~
・イタリア旅行3日目(2009/03/17) ~アッシジ~
・イタリア旅行3日目(2009/03/17) ~シエナ~
・イタリア旅行4日目(2009/03/18) ~フィレンツェ~
・イタリア旅行5日目(2009/03/19) ~ピサ~
・イタリア旅行6日目(2009/03/20) ~ヴェネツィア~
・イタリア旅行7日目(2009/03/21) ~ヴェローナ~
・イタリア旅行7日目(2009/03/21) ~ミラノ~

その オレンジ色のやさしい街は…

※この記事はgooブログから移行・変換したものです。

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■イタリア旅行記6 6日目(2009/3/20) ~ヴェネツィア編~

●ヴェネツィア-Venezia-

イタリア共和国ヴェネト州ヴェネツィア県に属する人口約27万1千人のコムーネ。
アドリア海の最深部ヴェネツィア湾にできた”ラグーナ(潟)”の上に築かれ、網目状に連なる運河が作り出す独特且つ美しい景観から、”水の都”と呼ばれています。

ヴェネツィアの歴史は4〜5世紀に始まったフン人・ゲルマン人の大移動から始まります。
古くからヴェネツィア周辺の地域にはウェネティ人(以後ヴェネツィア人と呼ぶ)と呼ばれる原住民が居住していたのですが、5世紀のゲルマン人のイタリア侵入を切欠にゲルマン人が容易に入って来れない湿地帯へと避難したというわけです(アテネのポリス形成と同じパターンです)。

こうして湿地帯に逃れ、自然の城壁で囲まれたヴェネツィアは十字軍・宗教弾圧時代下においても他諸国の混乱への干渉を最小限に抑え、東方貿易で利益を得て、一躍イタリア随一の海洋国家へと成長しました。


話を戻しますが、ゲルマン人から逃れたヴェネツィア人は自らを守るためこの湿地帯に定住する上で、居住区となる地盤(基礎)を築く必要がありました。

そこで当時のヴェネツィア人は2〜5m程の木材の杭を沼地の粘土層に隙間なく打ち込み、その上に海水に耐性がある石材(イストリア半島産)を何重にも積んで、石と石との間をセメントで固め、堅固な地盤を作り出したらしいです(但し、初期の地盤は技術不足などもあり結構脆かったとか)。

こうした地道な努力によって現在に見るような素晴らしい地盤が出来上がっています。

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【左】(新潮文庫:塩野七生著『海の都の物語 -ヴェネツィア共和国の一千年-』を参考に自作)
【右】ヴェネツィア本島のカンポ(広場)に存在する井戸の跡

また、海上生活をする上でのつき物といえば飲料水の確保です。
そこで登場するのが右の写真のような井戸。

元々この井戸があるカンポとはイタリア語で”畑”などを意味しており、この広場も初期の段階では未舗装でした。
しかし、水確保が切実なものとなると同時に広場を舗装し、井戸を設けて地下に水を溜めるようになったのです。
写真では分かりにくいですが、穴のようなもの(取水口の跡)に向かって若干地面が傾いているのが分かると思います。
この穴を伝って雨水が地面の砂の層で濾過され、井戸真下に溜まる仕組みとなっています。

…とこのように、ヴェネツィア人の知恵について挙げていてはキリがないので、そろそろ本題へ移ります。

▼地図
こちら

『ARIA』の舞台探訪記を見て頂ければお分かりだと思いますが、普通に晴れてますw

前日の夜は暗雲が立ち込め「これは無理かな…」と失望していたのですが、朝起きてみると驚いたことに雲が切れて眩い太陽と青空が広がっていました…。

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「準備よ〜しっ、お天気よぉーし!!」
「そりではー、マンホーム・ヴェネツィア散策ツアーに出ぱーつ!」

ホテルを出て右手にメストレ駅を眺めながら、バスはヴェネツィアとメストレを結ぶリベルタ橋へ。

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▲ムッソリーニの命を受けて「リットリオ橋」として1933年に開通した同橋 遠方にはアルプス山脈が微かに見える

ヴェネツィアでは、自動車はおろか自転車すら乗り入れが禁止されているので駐車場で下車して船に乗り換えます。

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( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚)…夢でありませんように…

2005年に『ARIA』という作品に出会い心惹かれて以来、この瞬間をどれだけ夢見たものか……。
感動しないはずがあろうか(反語)。

放心状態のまま15分ほどで本島の船着場に到着。
ヴェネツィアへの一歩を踏み出し、最初の見学場所ドゥカーレ宮殿へと向かいます。
(…途中色々なものに目移りし、宮殿に辿り着くまでに70〜80枚近く写真を撮ってしまったというのは内緒w)

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▲「ため息橋」周辺は残念ながら改修工事中…

宮殿に到着、中へと進んで行きます。

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まず目に留まるのがサン・マルコ大聖堂の屋根。
裏側にも手を抜かないこの細かな装飾、実に良いです。
因みにこのドゥカーレ宮殿の”ドゥカーレ”とはイタリア語で”総督の””公の”などということを意味しており、その名の通りヴェネツィア共和国のドージェ(元首)邸宅兼共和国政庁だった建造物です。
サン・マルコ大聖堂(寺院)も今でこそ司教座聖堂として扱われていますが、元々はドージェの私的礼拝堂であり、カトリック教会の司教座聖堂としての役割はありませんでした。
ヴェネツィア共和国の徹底した政教分離(政治的独立性)がここに表れています。

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▲中庭にある「巨人の階段」 かつてこの階段では新しく就任したドージェの即位式が行われた

例の如く宮殿内部は撮影禁止だったため写真は撮影していませんが、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』に出てきた法廷のモデル(というか実物)や、元老院の衆議場、またため息橋を介して隣接する牢獄も見学してきました。
話によると牢獄にもグレード(級)があるようで、酷い部屋だとアクアアルタ(高潮現象)時に半分水没する牢もあったようです(苦笑)。

宮殿を見学し終え、次はサン・マルコ大聖堂へ。
言わずと知れたビザンツ様式の代表的建築物として有名なこの建物、正面のモザイク画、ドームを幾多も備えた屋根がそれを物語っています。

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それにしてもここまで2Dで見慣れた世界が広がっていると、頭が半分2Dの世界へ引き込まれそうで…(^^;
この聖堂内も撮影禁止とのことなので、聖堂内の写真は撮影していません。

『ARIA』で「秘密の階段」と称された急勾配の階段を昇り、二階へ。

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工事中の箇所が若干気になりますが、旧行政館(右)、新行政館(左)、ナポレオン翼(正面)で囲まれたサン・マルコ広場が一望できます。

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デッキ正面にあるのは、第4回十字軍遠征の際にコンスタンティノープルの競馬場から略奪した4頭の馬の銅像のレプリカで、本物は聖堂内に置いてあります。

美しい景色を堪能し、ヴェネツィアン・グラス工房の見学へ。
ヴェネツィアン・グラスの本場といえば近くにあるムラーノ島なのですが、出張的に本島にも工房を構えているそうです。

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▲熟練した職人さん(マエストロ)がグラスの基本部分を作っている際中だった

色々なグラスを見させて頂きましたが、赤いグラスが格別に綺麗でした(自分用に買いたかった…)。

そして、待ちに待ったゴンドラ遊覧の時間です。

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▲サン・マルコ広場から徒歩2〜3分の所にあるゴンドラ乗り場

ヴェネツィアのゴンドラの殆どは黒色で、白いものは一度も見ませんでした。
「全員見習い?」とか言うと、怒られるのでやめましょう(^^;
皆さん一人前のゴンドリエーレです。

では乗船するとしましょう。
「お手をどうぞ」的に手を差し伸べられたので、それに従い乗り込んだのですが、私の体重が重かったのかゴンドラが激しく揺れ危うく落ちそうに…。
(早く痩せなくては…)

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▲船首に花が… こういう粋な計らいは絵になります

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▲上を見上げれば、昨日までの天気が嘘のような透き通る空…

幾多もの小橋を潜り抜け、ゴンドラはやがてカナル・グランデ(大運河)へ。

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右手に見えてきたのはかの有名なリアルト橋です。
建造当時は木造だったそうですが、石造りの橋へと改築されています。

ゴンドラはカナル・グランデのど真ん中を悠々と進んで行きます(結構怖かった…)。
やがて停留所に停まっていたヴァポレット(水上バス)が追い着いてきました。

揺れるじゃないか、コラ!!((((;゜д゜)))ガクガクブルブル

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このヴァポレットはヴェネツィアの公共交通会社ACTVが運営する水上バスで、車両の通行が禁止されているヴェネツィア諸島における公共交通機関として、観光客だけではなく市民の足としても親しまれています。

ヴァポレットが巻き起こす激しい揺れに翻弄されながら、ゴンドラは再び小運河へ。

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▲運河側に掲出された店の案内 こういった微笑ましい光景(演出)もヴェネツィアならでは

ゴンドラに乗船して30分強、無事に海の藻屑となることも無く元の船着場へと帰ってきました。
2009年から女性のゴンドリエーレが誕生したらしいので、今度来たときはそのウンディーネさんのゴンドラに乗ってみたいものです(^^;

ゴンドラ遊覧が終わると昼食の時間です。

海の都とあってかイカ墨のパスタとイカのフリッターというシーフード料理でした。
日本ではイカ墨と名の付くものは全て敬遠してきた私ですが、食べてみると墨の味など全くせず、寧ろおかわりしたくなるほど美味しかったです。
美味しい料理を食べ終えてゆっくりしていると、ウェイターのおじさんがやって来て「オイシイ?」と片言の日本語で話しかけてきました。
「おいしい」と恥ずかしながら答えてしまったのがいけなかったのか、何故か私のわき腹をくすぐり出すという…(苦笑)。
気に入られてしまったみたいで、頼んだファンタグレープを5ユーロのところ3ユーロにまけてくれました。
ありがとうおじさんw

昼食を終え自由行動となったので、お土産を買った後は一時家族と別れ、一人でヴェネツィアの街を歩いてみることにしました。

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折角ヴェネツィアまでやって来たので、この鐘楼(カンパニーレ)に上ってみます。
この鐘楼の始まりは9世紀に建造されたドッグの見張り台で、1513年に今の形の高さ98.6mの鐘楼として完成しました。
しかし、1902年に鐘楼が崩壊したため、現在残っているのは1912までに再建され完成したものとなっています。

入口で6ユーロ支払い、エレベーターで展望台へ。

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サン・マルコ大聖堂の屋根もこの通り。
毎日御茶ノ水で同じビザンツ様式の教会を見ていますが比べ物にならないですね。

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▲奥に見える緑の生い茂った島が墓地の島サン・ミケーレ島、その奥に見えるのがヴェネツィアン・グラスで有名なムラーノ島

ヴェネツィアの美しい景色を一望し終え、カフェ・フローリアンを見てみることに。

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カフェ・フローリアンはヴェネツィアに現存する最古の喫茶店(現地ではBAR(バール)と言う)で、1720年の開業以来同じ場所で営業を続けています。因みにカフェ・ラテ発祥の地としても有名です。
有名な老舗ということでそれなりに値段も高く、屋外で、音楽演奏付きで一杯飲もうとすると日本円で2,000円近くかかります。
雰囲気を味わうための料金と考えれば安い…かもしれません…。

この後は『ARIA』の舞台を探しながらまったりと歩いていました。

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▲ジュデッカ運河とサン・ジョルジョ・マッジョーレ島 漫画の扉絵か何かでこんな感じの絵を見た気がする…

〜中略〜

舞台探訪活動に夢中になり過ぎた(というより道に迷った)ため、集合時間5分前に何とか到着。
まだツアーの皆さんが全員集まっていなかったので少しだけ撮影。

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▲西日を受け鮮やかに浮かび上がるドゥカーレ宮殿

こうして私のヴェネツィアでの一日が終わりました。

以上です。長文失礼致しました。

▼イタリア旅行記一覧

・イタリア旅行1~2日目(2009/03/15~03/16) ~ローマ・ヴァチカン~
・イタリア旅行3日目(2009/03/17) ~アッシジ~
・イタリア旅行3日目(2009/03/17) ~シエナ~
・イタリア旅行4日目(2009/03/18) ~フィレンツェ~
・イタリア旅行5日目(2009/03/19) ~ピサ~
・イタリア旅行6日目(2009/03/20) ~ヴェネツィア~
・イタリア旅行7日目(2009/03/21) ~ヴェローナ~
・イタリア旅行7日目(2009/03/21) ~ミラノ~

イタリア旅行記5

※この記事はgooブログから移行・変換したものです。

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■イタリア旅行記5 5日目(2009/3/19) ~ピサ編~

●ピサ-Pisa-

イタリア共和国トスカナ州ピサ県に属する人口約8万7千人の都市。
ピサの起源は現在でも不明とされていて、ギリシア人、エトルリア人他、様々な民族による創設説が存在します。
地中海沿岸に位置するピサは、古代から海運都市にとしての揺ぎ無い地位を築き、共和政ローマ時代にはリグーリア人、ガリア人、カルタゴ人居住地域への遠征基地としても利用され、313年のミラノ勅令以後、キリスト教(カトリック)の司教座が置かれました。
中世になるとトスカナ地方の門戸として東方貿易で繁栄し、イタリアの他の海洋国家(アマルフィ共和国、ジェノヴァ共和国、ヴェネツィア共和国)と並ぶ強固な海運国家へと成長しましたが、13世紀にライバル・ジェノヴァ共和国に破れて衰退していきます。
そんなピサですが、かつての繁栄の痕跡は現在でも見ることができ、中でもピサ大聖堂やピサの斜塔などはピサのシンボルとして現在も親しまれています。
因みにガリレオ・ガリレィの生誕地としても有名です。

▼地図(Google Earth)

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朝7:30、フィレンツェのホテルを後に。
二日前暗くて立ち寄ることが出来なかったミケランジェロ広場で撮影時間を頂きました。

公園の中央に鎮座していたのは…

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ミケランジェロ作のダヴィデ像です。
公園にあるものはレプリカで本物はフィレンツェ市街地内のアカデミア博物館で展示されています。
巨人ゴリアテとの戦いに臨み、岩石を投げつけようとしている旧約聖書における一場面を表現しているというのは結構有名。

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▲アルノ川に面するフィレンツェ市街地を一望できる 因みにこのアルノ川は今回の目的地ピサの町も通過する

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▲サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂 周りの建物に比べてクーポラが如何に大きいかが見てとれる

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▲サンタ・クローチェ聖堂 ミケランジェロ、ガリレオ、マキャベリなど著名人が眠る”イタリアの栄光のパンテオン”だとか

撮影後、バスでピサへ向かいます。
揺られること1時間?ほど、ピサ市内に到着。
例の如くバスが中心地に入り込むスペースがないので少し離れた駐車場から公共の2連式バスに乗車します。
これに10分程乗り”ピサのドゥオモ広場”ことミラコリ広場の目の前へ。

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▲定番アングルで申し訳ない…

このピサ大聖堂は、1063年にパレルモ沖でサラセン艦隊を破ったことを記念して建築が始まったとされる聖堂で、11〜12世紀に流行したロマネスク様式の代表にして手本とされる聖堂です。
因みにロマネスク様式とは色大理石を用いた石造りのキリスト教建築の一つで、最初のヨーロッパ建築様式とも言われており、石積みの技術が成熟していなかったため、窓が小さく壁が厚いのが特徴です。
また入口の円形アーチも特徴の一つとなっています。

奥の斜塔も気になりますが後ろを振り返ると

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見事なまでの洗礼堂があります。
この洗礼堂は1152年に着工し、完成までには200年以上を要したそうです。
そのためなのか、下部がロマネスク様式で列柱とアーチで装飾されているのに対し、上部は尖塔郡が装飾されたゴシック様式となっています。

そしてピサの斜塔へ。

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これはあまりにも有名なので説明は不要ですよね?
ただの塔というイメージが強いですが、本来の役割は鐘楼です。

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▲下から見上げた斜塔 塔の補強のため足場が組まれている

これからこの塔を上っていく訳ですがこの塔には予約しないと入れないらしいとか。

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▲足元の時点で既に傾いている…

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▲細い階段を延々と上っていき…

息を切らせながら頂上へ到着。
視界は真っ直ぐに見えるんですが…階段を昇っている最中も傾きを感じていたので少し吐き気がw

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▲大聖堂と洗礼堂

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▲レンガ色に染まるピサの街並み

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▲アレーナ・ガリバルディ プロサッカークラブピサ・カルチョのホームグラウンド・スタジアムらしいです

サッカーにはあまり興味がないのでよく分かりません…。

斜塔を降り自由時間となったので大聖堂と洗礼堂の中へ入ってみることに。

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▲入場券 二つ一緒で6ユーロ≒780円

まずは大聖堂から。

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この写真の左右に円柱郡が見えると思いますが、この円柱の多くは戦利品としてパレルモの古代遺跡から運ばれたものだそうです。内装にはビザンツ様式の影響もちらほらとうかがえます。

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そしてこの写真の右に見えるブロンズ製のランプなんですが、ガリレオがこのランプの揺れから振り子の等時性を発見したと言われています。
但しこのことは事実ではないらしいとか。

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▲説教壇 14世紀の始め頃に作られたものらしい

大聖堂を見学し終え洗礼堂へ。

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この洗礼堂、実は音響効果的に素晴らしい建物で、内部は正十二角形かつクーポラと内側の屋根との間に大きな空間があるため音が規則正しく反射しエコーのように響くそうです。
そのためこの洗礼堂内では決まった時間に「エコー」というイベントが行われており、係りの人が賛美歌?(正確には違う)のような美しい声を響かせてくれます。
ちょうど私が入場したときもこの行事が行われ、DTMとかギターをやってる人にはわかると思うのですがスラー(レガート奏法)のアルペジオモードみたいな感じとても綺麗でした。

美しい歌声に満足したところで昼食へ。
ニョッキ中心の料理で、なんだか不思議な感じがしましたが例に漏れず美味しく頂けました。

昼食後、ピサを後にしついにヴェネツィアへと向かいます(正確に言うと対岸のメストレ)。

途中まではいい天気だったのですが、なんとヴェネト州に入った辺りで豪雨にorz
結局4時間くらい走行してメストレのホテルに着いたときも雨は止まず…。

次の日が私にとってのメインなので何とか晴れて欲しかったのですがね…。



果たして明日は晴れるのか!?



to be continued...

▼イタリア旅行記一覧

・イタリア旅行1~2日目(2009/03/15~03/16) ~ローマ・ヴァチカン~
・イタリア旅行3日目(2009/03/17) ~アッシジ~
・イタリア旅行3日目(2009/03/17) ~シエナ~
・イタリア旅行4日目(2009/03/18) ~フィレンツェ~
・イタリア旅行5日目(2009/03/19) ~ピサ~
・イタリア旅行6日目(2009/03/20) ~ヴェネツィア~
・イタリア旅行7日目(2009/03/21) ~ヴェローナ~
・イタリア旅行7日目(2009/03/21) ~ミラノ~

イタリア旅行記4

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■イタリア旅行記4 4日目(2009/3/18) ~フィレンツェ編~

●フィレンツェ-Firenze-

イタリアのトスカナ州フィレンツェ県に属する人口36万人の都市。
古代ローマ時代、花の女神フローラの町としてフロレンティア(Florentia)と名付けた事が語源とされていて、フローレンス、フロランス、フロレンツなどと呼ばれることもあります。
また、フィレンツェはルネサンス発祥の地として知られ、「屋根のない博物館」と表されるほど、稀有な建築物や彫刻などの芸術作品が残っています。
このような美しいフィレンツェを仕立て上げたといえるのが彼の有名なメディチ家で、現在でもウフィツィ美術館やピッティ宮殿、ヴェッキオ宮殿などにその輝かしい功績を見ることが出来ます。



朝8:30、ホテルを出発し歩いてフィレンツェ中心街へ向かいます。

まず最初に見学したのがウフィツィ美術館。
この美術館はフィレンツェを支配していたメディチ家歴代の美術コレクションを収蔵する美術館で、古代ギリシア、古代ローマ時代の彫刻から、ボッティチェッリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなどイタリアルネサンスの巨匠が手懸けた絵画を中心に展示されています。

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▲ウフィツィ美術館入場券 値段:6.5ユーロ≒845円

美術館内部は例に漏れずノンフラッシュ撮影も含め禁止でした。

内部の展示作品について興味がある方は↓へどうぞ。
ウフィツィ美術館 -Wikipedia-

色々な作品を拝見してきましたが、浪人生である私的にボッティチェリの『春(Primavera)』や『ヴィーナスの誕生(La Nascita di Venere)』など歴史的にも価値のある作品を鑑賞できたことはルネサンス期の文化史に興味を持つ良い契機となったような気がします(汗)。

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▲橋上家屋で有名なヴェッキオ橋 美術館内部から外の景色を撮ることは許されていたのでパチり…

美術館を出るとかつてフィレンツェ共和国の政庁舎として使われ現在でもフィレンツェ市庁舎として使われているヴェッキオ宮殿前のシニョーリア広場に出ます。

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この広場には何故か野外に数多くの美術作品が置いてあります。
個人的に気になったのが下の写真。

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1554年チェリーニ作の「メドゥーサの首をかかげたペルセウス像」だそうです。
目を見ると石にされてしまうというメドゥーサをペルセウスが後ろから忍び寄って退治したというギリシア神話が基になっています。

…と、またもや「シャングリ・ラ」に反応してしまうの残念な子がここにいますw

そして先程から気になるのが↓

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見ての通り馬車です。
日本でも人力車とかは偶に見ますけど馬車は流石に走ってないですよね(笑)。

さて次はフィレンツェのシンボル「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」へと向かいます。

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▲途中で見つけたレプッブリカ広場にある巨大なガッレリア 目の前で回るメリー・ゴーラウンドが微笑ましい限り…

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そして到着。
分かりにくいですが左から洗礼堂・大聖堂・ジョットの鐘楼となります

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▲洗礼堂の東側にあるロレンツォ・ギベルティ作「天国への門」 本物は付属博物館で展示されている

この聖堂は1296年から140年以上をかけて建設されたイタリアにおけるゴシック建築および初期のルネサンス建築を代表するもので、フィレンツェのシンボルとなっています。

上の写真では分かりにくいと思うので意味も無く私がお土産に購入したドゥオモのミニチュアを使ってみます(笑)。

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▲(左)立体図(中)正面図(右)平面図

上から見ると実は十字架の様な形状をしているのが分かります。
ちょうど十字の交点の位置に大クーポラがあり直下には祭壇が存在します。

因みに現在の聖堂は3代目にあたるもので、古代ローマ時代に作られた旧聖堂(サンタ・レパラータ聖堂)は東ローマ帝国(ビザンツ帝国)時代の戦役によって破壊されたために現在の聖堂の地下に眠っているそうです。7世紀から9世紀にかけて再建されたロマネスク様式の2代目大聖堂はその内観の一部が現在でも公開されているとか(初耳なんですが…)。

…そんな話は置いてといて中へ入ることにしましょう。

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外観が派手なのでサン・ピエトロ大聖堂の様に中も派手だろうと思っていたのですが、白く壁が塗られ、思っていたより落ち着いていました。
サン・ピエトロ大聖堂が派手なバロック様式なのに対して、こちらは簡素なゴシック様式だということを考えてみれば当たり前のことですね。

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▲大クーポラに描かれたジョルジョ・ヴァザーリ、フェデリコ・ツッカリ作『最後の審判』

聖堂の見学を終えると、待ちに待った昼食です。

ビスティカ・フィオレンティーナ(フィレンツェ風ステーキ)、フェトチーネ(平たいパスタ)、そしてデザートはパンナコッタでした。
おいしかった…。

昼食後、午後は自由行動となるのでまず先程の大聖堂に昇ることにしました。
中へ入るだけならタダなのですが昇るには金が必要とのことなので入場券を購入。

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▲8ユーロ≒1040円 高い…

入場券を見せ昇っていくわけですが、もちろんエレベーターなどという文明の利器は備わっていないので高さ90mのクーポラ頂上までは464段の階段を昇ることになります(汗)。
運動不足気味な私にとっては地獄でした(笑)。

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▲ウフィツィ美術館・ヴェッキオ宮殿方向を望む

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▲フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅・サン・ロレンツォ聖堂?方向を望む

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▲この写真を見るとフィレンツェが山々に囲まれた町だということがよく分かります

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▲高さ90mのクーポラから見下ろす

と、素晴らしい景色を堪能した後、まだ時間があるので適当に町をぶらつくことに。

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▲ピッティ宮殿(下手糞な写真ですみません…)

ヴェッキオ橋を渡り少し行ったところにあるピッティ宮殿に到着。
このピッティ宮殿は16世紀頃に完成したルネサンス様式のメディチ家宮殿で、1587年にフェルディナンド1世が即位して以降、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世によってイタリア国民に移譲されるまで、トスカナにおける宮廷としての役割を果たしていました。

中をじっくり見てみたかったのですが、歩き疲れていたのでホテルに帰ることに。

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▲ヴェッキオ橋からの眺め

(おまけ)

この日は夕食がついてなくどこかへ食べに行くのも面倒なので近くにあるCOOPへ買い物に行ったのですが、何を血迷ったのか↓のようなものを…。

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ちゃんと「SAKURA(桜) MAKI(巻き) NIGHIRI(握り)」と書かれています(笑)。

このくらいの量なら日本では数百円で買えそうですが、この寿司日本円で1000円以上してます。
こっちでは高級品なんですね…。

…まぁ寿司が高級品なのは分かるとして、実は醤油も高級品なんですよ。
ファミレスに置いてある醤油サイズのもので確か9.5ユーロくらい。それよりちょっとだけ大き目のビンサイズだと14ユーロくらい(約2000円!!)。
恐るべしキッコーマン(笑)。

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というわけで結局機内食で余った塩をかけて食べました(笑)。
意外と美味しく頂けましたがシャリが異常に硬かったです…。




以上です。

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